東京地方裁判所 昭和33年(ワ)2053号 判決 1961年7月13日
原告 田草川基好 外一名
被告 国生輝男
主文
一、被告は、原告に対し、二、七七八、五〇〇円、及びこれに対する、昭和三二年三月二八日から、支払ずみに至るまで、年六分の金員の支払をせよ。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。
三、この判決は、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項同旨の判決、及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、被告は、原告にあて
(一) 昭和三一年五月三一日、金額二、〇二八、五〇〇円、満期同年六月三〇日、支払地及び振出地東京都港区、支払場所株式会社日本勧業銀行芝支店なる約束手形一通
(二) 同年六月一五日、金額七五万円、満期同年七月一五日、その他の手形要件(一)に同じなる約束手形一通
をそれぞれ振出し
二、原告は、訴外松村雪子に、右約束手形二通を裏書譲渡し
三、(1) 松村雪子は同年七月一七日、右支払場所に於て、被告に、(二)の約束手形を、支払の為呈示したところ、被告はその支払を拒絶した。(2) 同人は、原告に遡求権を行使したので、原告は、同年七月一九日、同人に(二)の約束手形金七五万円を支払つてその約束手形を受戻した。
四、原告は、同年同月同日、同人に対し、(一)の約束手形金二、〇二八、五〇〇円を支払つて、同人から白地裏書により、その返還をうけた。
よつて、原告は被告に対し、以上合計二、七七八、五〇〇円及び、これに対する、本件訴状副本が、被告に送達せられた日の翌日である、昭和三二年三月二八日から、支払ずみに至る迄、商法所定の年六分の遅延損害金の支払を求める。
被告が一、の抗弁として主張する
(一)の事実を認める。
(二)の事実を否認する。斉藤製薬株式会社(以下斉藤製薬という。)に対し、一〇〇万円を出資した者は訴外藤野鸞丈である。
(三)の事実中、原告が当時、斉藤製薬の代表取締役であつたことを認め、その他の事実を否認する。
二の抗弁として主張する。
(一)の事実を認める。(但し被告が原告に対し、被告主張の自働債権をもつていたことを、否認する。)
(二)の事実を否認する。と述べ、
証拠として、甲第一号証、第二号証の一、二、第三、第四号証を提出し、証人藤野鸞丈の証言原告本人尋問の結果(第一ないし第三回)を援用し、乙第三〇ないし第四四号証、第四六ないし第四九号証、第五五号証の五ないし八、第五六号証、第六一号証の一ないし四、第六二号証の一、二、六、第六三号証の一ないし三の各成立は知らない。乙第五〇ないし第五四号証中、米山寛の各作成部分の成立、米山寛が原告であることを認める。第五〇号証、第五一号証、第五四号証中山万商事株式会社の作成部分の成立を否認する。その他の部分の成立はすべて知らない。その他の乙号各証の成立をすべて認める。と述べた。
被告訴訟代理人は「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の
一(一)(二)の事実を認める。
二の事実は知らない。
三(1)の事実を認める。(2) の事実は知らない。
四の事実は知らない。
抗弁として
一、(一) 昭和二九年二月一六日、斉藤製薬株式会社が、資本金一〇〇万円を以て設立されたが、原告は、同年一二月、六〇万円に相当する株式を買受け、その代表取締役に就任し、被告は、その取締役に就任した。同株式会社は、訴外藤野鸞丈から、一〇〇万円の出資をうけ、昭和三〇年四月二七日、その資本金を、二〇〇万円に増資した。
(二) 藤野鸞丈は、昭和三〇年八月、斉藤製薬に対し、一〇〇万円の返還を求めたので、原告が、同株式会社に代つて、一〇〇万円を立替え、同人にこれを支払つた。そして原告は、その立替金を、同株式会社に対する貸金とした。
(三) 原告は、被告に対し、右株式会社に対する一〇〇万円の立替金(形式的には貸金)を明瞭ならしめる為、被告に対し、斉藤製薬名義の約束手形を振出すことを要求したが、原告自身がその実権を握つていたので、被告個人が、原告にあて、心覚えの為、約束手形を振出すことになつた。従つて原告は昭和三一年三月末頃、被告に対し、その振出にかかる約束手形を請求しないことを、約した。係争約束手形二通は、いずれもその書替手形であるから、被告にはその手形金支払義務がない。
二、仮に右主張が容れられないとすれば、(一)被告は原告に対し、(二)記載の債権を有していたので、被告訴訟代理人は、昭和三四年一月二七日の本件口頭弁論期日に於て、原告訴訟代理人に対し六、〇一五、九〇四円の債権を以て、被告の係争約束手形金の支払義務と、対当額につき、相殺する旨の意思表示を為したから、被告の係争約束手形金支払義務は、すべて消滅した。
(二)被告は、昭和二八年四月頃、原告との間に、原告が出資し、被告は、これを原告、被告自身、斉藤製薬、国生産業株式会社、山万商事株式会社の名義を用いて、他に貸付ける。元本回収不能の危険は、原告が負担する。元本の支払がおくれたときは、被告が原告費用負担で、それを取立てる。元本に対する利息の現金収入があつたときは、原告はその三分の一を、被告に報酬として交付することを約した。被告は、右約定に従い、同年一月頃から、昭和三一年七月二五日迄、原告から出資を受けた金員を他に貸付け、合計二七、〇四七、七一三円の利息の支払をうけた。(その詳細については、被告訴訟代理人の昭和三四年五月九日付準備書面添付の一覧表参照。)従つて被告は、原告に対し、少くとも右利息の三分の一の九、〇一五、九〇四円の交付請求権があるところ、被告は、原告から、その内三〇〇万円の支払をうけたから、被告は原告に対し、少くとも六、〇一五、九〇四円の支払請求権がある。と述べ、
証拠として、乙第一ないし第五四号証、第五五号証の一ないし八、第五六号証第五七号証の一ないし九、第五八号証の一ないし八、第五九号証の一ないし二一、第六〇号証の一ないし九、第六一号証の一ないし四、第六二号証の一ないし六、第六三号証の一ないし三を提出し、証人藤野鸞丈同二貝敏子、同百瀬喜代三の各証言被告本人尋問の結果(第一ないし第三回)を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。
被告訴訟代理人は、昭和三六年六月一五日、即ち本件の最終口頭弁論期日に於て、裁判官の更迭があつたことを理由として、民事訴訟法第一八七条第三項に基いて、口頭で既に取調べた証人藤野鸞丈、同二見敏子、同百瀬喜代三の再尋問の申出(民事訴訟規則第三一条所定の書面を提出せず、口頭弁論終結後、同期日の午後四時に至り、書記課に、所定の申出書を提出した。)をしたが、右各証人の供述するところは、本件記録中の速記録によれば当事者間に争のない事実、要証事実に直接間接にも、関係のない事実関係ある事実については、不知の供述、原、被告本人からの伝聞証言、或は被告訴訟代理人の誘導質問に基く証言以外の何ものでもないのであるから、当裁判所は、その再尋問によつて、何等新たな心証を形成することはできないし、かつ被告訴訟代理人の右尋問の申出は、以下述べる理由により、訴訟遅延のみを目的とするものと判断したので、その申出を却下した。その理由は、次の通りである。被告訴訟代理人は、被告が、昭和三三年三月二七日、本件訴状副本の送達を受けた後、同年四月一八日提出した、同年同月同日付答弁書に於て、請求原因に対する認否を為し、抗弁は追つて提出する旨の記載を為し、同年一〇月二四日付準備書面によれば、被告は、原告との間に、係争約束手形金の請求をしない旨の合意が為された旨の抗弁及びそれを理由づける事実を記載したが、原告訴訟代理人が、同年一二月二二日準備書面を以て被告の主張事実を否認し原告は、被告を通じ、訴外横山勝実、平岩本工株式会社等に対し、金員を貸与し、その利息の三分の一を被告に交付したことがある旨主張したところ、被告訴訟代理人は、同年同月同日準備書面を以て、従前の主張を、原告の主張に一致せしめるよう訂正し、(従つて昭和三三年一〇月二四日付準備書面記載の事実は、でたらめということになる。)更に昭和三四年一月二七日付準備書面に於て、仮に右抗弁が容れないとしても、被告は、原告に対する一、〇〇〇万円以上の報酬債権を以て、係争約束手形金の支払義務と対当額につき、相殺する旨の意思表示を為す旨記載し、同年五月九日付準備書面を以て、右報酬債権は、九、〇一五、九〇四円であると、主張を訂正した。しかもその準備書面に添付された一覧表によれば、被告が原告から融通をうけた金員の貸金元本額、入金年月日は、不明又は、白紙の部分が相当数あるので、被告が何を根拠として、利息の三分の一の九、〇一五、九〇四円の請求権を有するかは、全く疑わしいと認めざるを得ぬ。しかも被告本人尋問の結果(第三回)によれば、被告が原告に対して有する、報酬債権九、〇一五、九〇四円から、係争約束手形金二、七七八、五〇〇円を差引いた残額六、二三七、四〇四円を、今日に至る迄原告に請求しない理由は、被告が、かような金額を必要としない、というにある。
被告代理人が申出でた証人藤野鸞丈同百瀬喜代三に対する期日呼出状(第一回)は、最初不送達となり、証人二見敏子、同百瀬喜代三は、呼出をうけて、三回目の口頭弁論期日に、始めて出頭した。かようなことは、訴訟遅延を目的とする、換言すれば、敗訴を自覚した訴訟代理人の申出でる証人に於て、屡々見受けるところである。
被告訴訟代理人は、昭和三五年一月二五日の第一五回口頭弁論期日に於て、被告が原告から誘通をうけた金員の貸付先として、荒井角三外四五名の証人を申請し、昭和三六年四月一一日付を以て従来の抗弁の主張を訂正要約した準備書面を提出した。
この間、更迭前の裁判官は、被告申出にかゝる前記三名の証人(内証人藤野鸞丈は原告の申出にもよる。)を各一回、原被告本人を、各二回ずつ尋問し、当裁判所は、前記最終の口頭弁論期日に於て、原被告各本人尋問(第三回)を為し、被告が抗弁として主張する、各約定成立の事実は、前記証拠資料に照し、すべて存在しないとの心証を得た。
従つて、被告訴訟代理人の前記証人三名の再尋問の申出は、真実を発見する為に、与えられた権能を行使するというよりも、証人尋問の申出を繰返すことにより、訴訟遅延を意図したものと判断せざるを得なかつた。
しかるに、被告訴訟代理人は、当裁判所が右証人三名の再尋問を却下したのは、裁判の公正を妨ぐべき事情に該当するとして、本件口頭弁論終結後、昭和三六年六月二二日、当裁判所を忌避する申立をした。しかしながら、被告訴訟代理人の以上のような訴訟遅延を目的とする、一連の行為は、権利者たる原告(その理由については、後段理由の項参照)の手形金請求権の正当な行使を阻止せんとする、悪質の訴訟行為であり、右忌避の目的は、忌避に名を藉り、更に訴訟遅延を意図するにあることが明であり、忌避自体、私法のみならず、訴訟法をも支配する、信義誠実の原則に照し、無効といわなければならない。それ故、当裁判所は、被告の忌避申立を無効とし、本件訴訟手続を停止することをしない。
理由
原告主張の一、三(1) の事実は、被告が自白したところである。
成立に争のない甲第一号証第二号証の一の各記載及び原告本人尋問の結果(第一第三回)によれば、原告主張の二、三(2) 、四の各事実を、認めることができる。
被告の一の抗弁につき判断する。その主張の(一)の事実は、原告が自白したところである。
証人藤野鸞丈の証言、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、その主張の(二)(三)の事実がなかつたことが認められる。右認定に反する部分の被告本人尋問の結果(第一、第三回)は、当裁判所の採用しないところである。
成立に争のない乙第一ないし第二八号証の各記載、証人百瀬喜代三の証言によれば、斉藤製薬(当時の代表取締役は被告)は、昭和三一年七月三日、原告にあて、いずれも支払地及び振出地を東京都港区、支払場所を株式会社協和銀行芝支店、満期を白地とする約束手形、手形金額を一〇万円とするもの二七通、七八、五〇〇円とするもの一通(以上手形金額合計二、七七八、五〇〇円は、係争約束手形二通の手形金額の合計と合致する。)を振出したことが認められないではなが、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、被告が、斉藤製薬の女事務員を通じ、係争約束手形二通と引換えに、右の約束手形二八通の受領方を申出てたが、原告はそれを受領すべき謂われがないので、引換を拒絶したことが認められるから、(この点に関する被告本人尋問の結果(第一回)は、措信できない。)右約束手形二八通の控えが、被告の手裡にあるからといつて、被告の主張する(三)の事実を認めることはできない。
その他、被告が主張する(二)(三)の事実を、認めるに足りる証拠資料はない。従つて一の抗弁は、これを採用することができない。
被告主張の二の抗弁につき判断する。被告が主張する(一)の事実(但し被告が原告に対し、被告主張の自働債権を有することを除く。)は、原告が自白したところである。
しかしながら、原告本人尋問の結果(第一、二回)によれば、被告が抗弁として主張する(二)の事実が存在しなかつたことが認められる。この点に関する被告本人尋問の結果(第一、二回)は、当裁判所が、措信することのできないものである。被告主張の事実は、余りにも経験則に反するものであり、主張自体、あり得べからざることに属する。
してみれば、二の抗弁も、また採用の限りでない。
そして前段判示の事実に基く原告の本訴請求は、正当であるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文の通り、判決する。
(裁判官 鉅鹿義明)